『メッセージ』

晴れ。風が強く肌寒い。授業2。

アマプラで『メッセージ』(2016)。おやゼレンスキー大統領がと思ったら、ジェレミー・レナーだった。未知の事象に直面した際、言語学者の有能さが際立つのはJ. P. ホーガン『星を継ぐもの』(1977)以降の系譜だろうが、映画のポイントはそうした学際的な胸熱の取り組みでも、いわんや他者としてのヘプタポッドとの邂逅でもなく、(ゆくゆくは全人類が?)ヘプタポッドの言語を習得することで未来が予知できるようになること、そして未来を予知できるということがヘプタポッドから人類への「贈り物」になっていることだと思う。ただこの「贈り物」というのが曲者で、ルイーズはイアンとの破局や、二人の間に生まれてくる娘が病に冒され亡くなる未来を知りながらイアンのプロポーズを受け入れるのだが、これだと贈り物の意味がよくわからない。このあたりの映画の矛盾にテッド・チャンの原作の方はもう少し理屈をつけていたと思うが、不幸な未来を現在の行動で避けられるのであれば贈り物なのだろうけど、どのような行動を取ったとしても避けられない不幸な未来であるならば贈り物の意味が曖昧になる。