Fleabag

晴れ。

5時に朝ごはんの催促でニャーたちに足を噛まれて目が覚める。

第1話

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  • フィービー・ウォーラー=ブリッジ
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第1話

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『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の出来栄えから敬遠してきたが、Rotten Tomatoesの評価も良いし、アマプラで『Fleabag』(2016-19)のシーズン1と2を一気に。シングル女性の徹底した個人主義を描いた『ブリジット・ジョーンズ』にさらに輪をかけた感じと言えば良いのか、そういう意味では第三波フェミニズムから第四波フェミニズムの展開を踏まえた作品なのかも知れない。

フェミニズムってなんですか?

晴れ。

フェミニズム運動にまつわる諸々の事象を紹介する簡便な一冊。ただ、7章の女性リーダーとコロナ対策についての指摘はよくわからなかった。台湾はゼロコロナを目指してロックダウンしたにも拘わらず感染者数は人口比で言えば日本より多いし(死者数はトントン)、ドイツは感染者数も死者数も飛びぬけて多い。初期の方針が今につながっているのだから、女性リーダーを戴く国がコロナ対策に成功しているとは必ずしも言えないと思うのだが。

 

マシュマロ・テスト

晴れ。前期の授業は終わったため自宅研修日とする。人間に合わせた冷房にしているがにゃーたちの適温はどれくらいなのであろうか。たまにくしゃみをしているところを見ると寒いのかもしれない。

深夜、外にゃーたちの見回りも兼ねた7キロウォーキング。お供に聞いていたバイリンガルニュースでマシュマロテストの新実験が紹介されていた。マシュマロ・テストといえば子どもの自制心と将来の社会的成功との関連性を明らかにした実験として有名だけど、今回のはそこに文化的な要素を組み込むと違う結果が出たというもの。つまり、欧米はお菓子を我慢できないが、例えばクリスマスプレゼントを開けることには我慢強く、日本はお菓子を我慢できるが、クリスマスプレゼントを開けることには我慢がきかない、という結果が出たそうだ。なるほど面白い実験だと思うけど、そもそもマシュマロテストそのものが結構うさんくさい気もする。マシュマロ嫌いな子もいるだろうし、チョコレートなら我慢できない日本の子もいるだろう。マイケルも言っていたがculturally neutralなお菓子(そんなものがあるとしてだが)を設定しないとそもそも実験が成立しないんじゃないだろうか。

 

飛龍革命

雨。天気は悪いがニャーたちはいたって元気。

ゼミ生と読むために、一応ざっと目を通しているところ。ゴーリーがゲイであるとした上で、彼の作品をゲイの歴史とかクィア批評の文脈から読む伝記。嫌な予感がするが、もう少し読んでみる。

youtubeでなぜかおすすめにあがっていたユリオカ超特Qの飛龍革命を、現物と比較しながら。


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何回観るんだよってぐらい昔観たけど、言うほど藤波辰爾は滑舌悪くないんだよね。天龍のが圧倒的にわからん。


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出張授業

曇り。

自宅そばのM高校で出張授業。教員離れが深刻化する中、少しでも教員の魅力を伝えられたのだろうか。まあ、喋っている本人が教員にたいして魅力なんて感じていないのは内緒ですけど。

スライド作成

雨。授業2、ゼミ1。コロナの濃厚接触や罹患したと連絡をよこす学生が目立ってきた。

木曜日に近隣の高校へ出前授業に出かけるのでその準備。ちゃちゃっとスライドを作って担当の先生にお送りする。しかし学年を変えて同じ話を2回するのってどうなんだろう。

『デューン』

晴れ。成長期で歯が痒いのか、猫たちがあらゆるものを噛み噛みして難儀する。上場している電力会社が「適切な電力使用」をお願いするという意味不明な状況は原発稼働で解決するはずなんだが。

オタキングyoutubeで紹介していた『ポドロフスキーのDUNE』をアマプラで。

ハリウッドきっての特殊効果の第一人者で『2001年宇宙の旅』を担当したダグラス・ターンベリに協力を依頼するためアポを取ってわざわざ会ってもらいながら、ダーンベリの話を聞く態度に我慢のならなかったポドロフスキーが、魂の戦士でない者と映画は作れないと啖呵を切って部屋を後にする逸話はかっこいいし、その後、特殊効果を頼むことになるダン・オバノンマリファナを渡して精神と時の部屋状態にする話もイカれてるし、キャスティングの相談で面会した際、デヴィッド・キャラダインがポドロフスキーの持ち込んでいたビタミンEの錠剤の入った瓶を丸ごと一気飲みする逸話も頭おかしいし、それを見たポドロフスキーが「君こそ僕が探していた男だ」っていう流れも狂っている。要するに極上のドキュメンタリーです。

 

『3月のライオン』

雨。授業2、ゼミ1。遅ればせながら所属支部で行われた河野さんの講演会を拝聴。以下、メモ書き。

(前半)

なぜ零は棋士になってから高校へ進学するのか(人間的な成長を成し遂げるため?)

ただ、ひなたの同級生で野球少年高橋くんとのやりとりがこれを逆転させる

零が高校へ進学した理由として挙げた「逃げなかった記憶」を、高橋くんは職業的な自己を完成させるためのもの、と正確に読解。これを零が肯定するということは、論理的には零が高校に入学した意味は、人間的な成長を成し遂げるため、というよりは、職業的な自己、つまり棋士として完成させるためであることになる。つまり、高校に通っていないことで失われた物を一年遅れで通うことで取り戻す、という人格の完成が、仕事のための能力として読み替えられている。

フォーディズム(米1930's〜、英1950's〜60's)からポストフォーディズム

零が高校で人生を取り戻す=労働(疎外)と労働以外(本来の自分)を区分するフォーディズム的前提

だが、高橋くんとのやり取りで明らかになったのは、零が高校へ行くのは、棋士としての能力の完成を目指すためであり、その意味で、労働(将棋・疎外)と労働以外(高校・本来の自分)が区別されないポストフォーディズム的世界が描かれている

フォーディズムからポストフォーディズム(職業スキルと人間としての力の区分が曖昧)への移行

なぜフォーディズムからポストフォーディズムへ移行したのかというと、資本主義が資本蓄積のために必要とする外部性(労働者)が漸減してきているから → そのため新たな搾取の対象となる外部性を探す必要がある → その外部性とは「人間性

ただし、こうした新たな搾取はフォーディズム的な労働の疎外が解消されるというイメージの下に隠蔽される(やりがい搾取)

(後半)

川本あかりの労働

1.  川本家の母の代役

2. 銀座のスナックでの接客業

3. 家業である和菓子屋の手伝い

あかりの労働を考えるため、ポストフォーディズム下における家事労働の賃金労働化を補助線として導入

福祉国家フォーディズム体制=家事労働、ケア労働、感情労働は女性に不払い労働として押し付け

新自由主義・ポストフォーディズム体制=共働きにより、「誰が家事労働をするのか」問題発生 → 外注化、賃金労働化(『逃げるは恥だが役に立つ』)背景にあるのは、1972年にイタリアで起こった「家事労働に賃金を」運動(99年に「女性のストライキ」運動へ展開)。だがこの運動は、原理的・時代的にみくりの主張とは異なる(再生産労働が組み込まれた資本主義からの離脱を志向)

みくりは最終的に青空市場(従来コミュニティにおける無償労働)のコンサル(有償労働化)として就職 → したがって、みくりの言う「好きの搾取」という言葉はこの文脈で理解されるべきもの(フェミニズム的な主張+ポストフォーディズム的な外部のものを指標化)

あかりの労働(主婦・スナック)=無償労働+有償労働

和菓子屋での労働=コミュニティづくりの無償労働と有償労働の一体化(『逃げ恥』の青空市場と同じ)

和菓子づくり=イノベーションし続けることこそが伝統(フォーディズムからポストフォーディズムへの移行という意味ではなく、ポストフォーディズムが普遍化されている)=血縁的コミュニティが存在せず、常に擬似家族を発明し続けなければならない『三月のライオン』のテーマと一致(filiation血縁からaffiliation養子へ)

最後、結局よくわからなくなった。

 

 

 

授業参観2

1限から4限まで授業参観のため、朝イチで家を出る。慣れない道のため早めに出たが、さすがに早く到着しすぎてコンビニで時間を潰す。帰路、千代の介書店へ。ウクライナ情勢から人類滅亡の話に至り、その滅亡の過程には、書店の衰退および知性の衰退が絡んでいるというご主人の滋味深いお話をうかがう。5冊で4500円(非常に良心的な価格設定)のお布施を納めてお店を後にする。あと数年で畳まれるようだが、あれだけの品が散逸するのは惜しまれる。

授業参観1

晴れ。附属中学校で授業参観。久しぶりに出向いたが、ナビが隣の公立中学校に誘導するせいで5分遅刻。参観後、近くの岩瀬文庫へ。均一棚をチェックして目ぼしい本を2冊手に取りいざお会計と店内に入ろうとして、初めて店が閉まっていることに気付く。ガラス越しに店内を覗くと、レジは空の状態で開いたままがらんとしている。とりあえず郵便受けに200円入れておいたが、閉店しているのだろうか。

大学に戻って面談1、授業1。いろいろあってくたびれた。